著者: Abhineet Kaul (Access Partnership), Swee Cheng Wei (Access Partnership), Chailyn Ong (Access Partnership)
日本の旅客輸送は、質が高く広く利用されている一方で、昨今注目が高まっているタクシー不足をはじめ、社会の変化によって新たな課題に直面している。今回実施した利用者調査からも、アクセスの問題がすでに顕在化しつつあり、多くの国民が将来の交通機関の維持に不安を抱える現状が浮かび上がった。
日本の旅客輸送は、長年安全性、効率性、そして運行時間の正確さに代表される高い質を誇ってきた。しかし、社会が高齢化、過疎化、そして労働人口の減少に直面する中、全国民に十分な輸送サービスを提供し続けるためには、現状と交通戦略の再検証が必要である。
輸送サービスにかかる検証の第一弾として、政策コンサルティング会社の Access Partnership と、国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)は、移動手段にかかる全国的な利用者調査を実施した[1]。
既存の調査には例の少ない、大都市圏以外の住民の移動実態について、地域の特徴や人口構成を考慮して調査した。具体的には、(1)大都市圏の郊外、(2)中都市、(3)人口5万人以下の市町村、の三地域に分けて、バスや鉄道などの大量輸送機関、タクシー、そしてその他の個人輸送が、住民のニーズを満たしているのかを調べた。
全地域で自家用車移動が中心だが、輸送サービスへの信頼も根強い
通勤・通学を含む週あたりの移動回数は平均4.9回で、22%の人が一日あたり1時間以上を移動に費やすことが分かった。
移動手段では、大都市の郊外では電車も3位に入ったが、いずれの地域でも自家用車が1位で、車依存が目立つ(表1)。
一方、約半数(49%)の回答者が「日本の輸送サービスは諸外国と比べて優れている」と回答し、輸送機関への根強い信頼が表れている。
表1:都市規模別に毎週利用する人が多い移動手段(回答者の割合)
都市規模 | 最も利用する移動手段 |
---|---|
人口5万人以下 | ● 自家用車 (78%) ● 徒歩 (27%) ● 自転車 (14%) |
中都市 | ● 自家用車 (71%) ● 徒歩 (33%) ● 自転車 (21%) |
大都市の郊外 | ● 自家用車 (52%) ● 徒歩 (50%) ● 電車 (39%) |
移動需要を満たしているとは言えない現状:過去6ヶ月間に移動に苦労した人は半数に
「日本の輸送サービスは適切に移動ニーズを満たしていると思うか」という質問に対しては、「そう思う」と答えた人は40%、「そう思わない」が18%となった。「自分の地域の輸送サービスが適切か」については、「そう思う」が31%、「そう思わない」が30%と拮抗した。
また、過去6カ月間に、通勤・通学・通院などを「問題なくできた」は34%に対し、「できなかった」は17%。現在の輸送サービスは、移動ニーズを十分に満たしているとは言えないようだ。
「過去6カ月間に、移動に苦労したことがあるか?」という質問に対しては、「よくある(週1回以上)」が7%、「時々ある(月に1回以上)」が16%、「たまにある(半年に5回未満)」が27%で、合わせて半数の人が移動に苦労していた。
さらに将来に渡っては、実に43%の人が、「高齢化や人口減少によって、将来の輸送機関の維持に不安を感じる」と回答した。
次項以下で説明する通り、移動困難や不安の原因はと言うと、公共交通機関へのアクセス(利用しやすさ)、特に運賃が最大の課題のようだ。
バスやタクシーでは利用しやすさに「不満」が「満足」を上回る
各輸送機関の利用しやすさ・アクセスに関する満足度を見ると、バス、タクシーは「不満」が「満足」を上回っている(表2)。
表2:輸送サービスの利用しやすさに関する満足する人の割合
満足と回答した人の割合 | 満足 | 不満 |
---|---|---|
電車の利用しやすさ | 30% | 23% |
バスの利用しやすさ | 21% | 31% |
タクシーの利用しやすさ | 18% | 23% |
アクセスは、大量輸送機関の課題としても上位に挙げられた(表3)。「行き先によっては接続が悪い」がどの地域でも上位3位にランクインした。
表3:都市規模別に利用者が感じる大量輸送機関の課題(回答者の割合)
都市規模 | 回答が最も多かった課題 |
---|---|
人口5万人以下 | ● 行き先によっては接続が悪い (29%) ● 運行時間が限られている (29%) ● 最寄りの駅が自宅から遠い。あるいは駅が目的地から遠い (25%) |
中都市 | ● 運行時間が限られている (33%) ● 行き先によっては接続が悪い(30%) ● 別の移動手段より遅く、時間がかかる (25%) |
大都市の郊外 | ● 満員電車など、車内が混雑している(36%) ● 行き先によっては接続が悪い(31%) ● 運賃が高い (27%) |
大量輸送機関では33%、タクシーでは44%が運賃に不満
輸送サービスの項目別の満足度を見ると、運賃に関する強い不満も浮かび上がってきた。
大量輸送機関については、運転手の質、安全性については「満足」が「不満」を上回る一方で、運賃に関しては不満(33%)が満足(17%)のほぼ2倍となった(表4-a)。
タクシーでは、運賃に「非常に不満」が20%、「不満」が24%で、「非常に満足」「満足」を合わせた10%を大きく上回る。タクシーについては、運転手の質、待ち時間についても、不満が満足を上回る結果となった(表4-b)。
表4-a: 大量輸送機関の項目別満足度
非常に満足 | 満足 | 不満 | 非常に不満 | |
---|---|---|---|---|
運賃 | 4% | 13% | 21% | 12% |
運転手の質 | 6% | 20% | 12% | 5% |
安全性 | 8% | 23% | 11% | 4% |
表4-bタクシーの項目別満足度
非常に満足 | 満足 | 不満 | 非常に不満 | |
---|---|---|---|---|
運賃 | 3% | 7% | 24% | 20% |
運転手の質 | 4% | 13% | 14% | 7% |
待ち時間 | 3% | 12% | 18% | 9% |
安全性(自家用車含む個別輸送全体) | 5% | 17% | 13% | 5% |
総務省の消費者物価指数を見ても、交通費は住居費の2倍以上値上がり[2]している。全体のインフレ幅よりは緩やかなものの、消費者の間では移動のコストが高いという実感が広がっているようだ。
特にタクシーの運賃および待ち時間への不満は、地域に関わらず、個別輸送手段の課題に関する質問でも鮮明になっている(表3)。
表5:都市規模別に、利用者が感じる個別輸送手段の課題(回答者の割合)
都市規模 | 指摘された上位課題 |
---|---|
人口5万人以下 | ● タクシーの運賃が高すぎる (33%) ● 自家用車・バイクの維持費用が高すぎる(23%) ● タクシーをつかまえるのに時間がかかる (17%) |
中都市 | ● タクシーの運賃が高すぎる (40%) ● タクシーをつかまえるのに時間がかかる (25%) ● 自家用車・バイクの維持費用が高すぎる (24%) |
大都市の郊外 | ● タクシーの運賃が高すぎる (43%) ● タクシーをつかまえるのに時間がかかる (27%) ● 自家用車・バイクの維持費用が高すぎる (26%) |
この結果を見ると、タクシー運転手不足対策として言及されることの多い「タクシー運賃の値上げ」は、利用者目線からすると厳しいかも知れない。今よりもさらにタクシーの需要が減ったり、地域の交通アクセスが悪化したりする懸念もある。
過疎地や高齢者の課題はより深刻
特に人口5万人以下の地方住民や、高齢者の問題は深刻だ。
今回の調査結果では、人口5万人以下の市町村に住む回答者ほど、通勤・通学に苦労している割合が高くなった。「自分の地域の輸送サービスが適切だ」と答えた人の割合は、全国平均の31%に対し、人口5万人以下では17%となった。
地方住民は、輸送手段の選択肢が少ない傾向にあり、大量輸送機関のアクセスが悪い上に、タクシーは運賃が高すぎると言う声が多く聞かれた。
また65歳から79歳の回答者では、「自分の地域の輸送機関は適切だ」と回答する人の割合が全国平均よりも低かった。特に、仕事、旅行、通院の際に移動に苦労する人が多いようだ。
この要因としては、免許返納等により、輸送サービスへの依存が高いことが一因と考えられる。「地域のタクシーを増やしてほしい」と回答した80歳以上の高齢者は32%で、全国平均の20%よりも大幅に高くなっている。[3]
交通アクセス改善は、経済・社会的意義も大きい
交通アクセスの改善は、それそのものに価値があるだけでなく、経済成長の促進効果や社会的意義も大きいものだ。特に地方や過疎地域における移動手段の改善は、子供の通学や高齢者の通院を支え、外食や外出の増加による地域産業の維持も期待される。また地方と都市部とのアクセスが改善すれば、地方住民の就業機会が増え、また現在は大都市圏に集中する外国人観光客が地域に足を運ぶようになるかも知れない。
今回の調査では、利用者のニーズと満足度に焦点を当てた。今年11月に発表予定のレポートでは、地域産業や観光客への調査を加え、交通問題の解決とその経済・社会的意義について、包括的な分析を行う。
今後への期待は、大量輸送機関の維持・改善とオンデマンドサービスの拡大
最後に、急激に変化する社会情勢の中で、将来の移動手段への期待に関する項目については、下記の三つが上位となった。
- 大量輸送機関の運賃を下げる(62%)
- 大量輸送機関の運行本数や運行地域を増やす(57%)
- 自転車や歩行者のためのインフラを改善する(51%)[4]
こうした既存の輸送システムの維持・改善に加え、より柔軟な新たなサービスの導入も求められている。回答者の30%が、「ライドシェアやオンデマンドバスなどの新たな選択肢を増やして欲しい」と回答。人口50,000人以下の市町村では、その割合はさらに高く、35%となった。
社会が高齢化、過疎化、労働人口減少という深刻な課題に直面する中、全ての人がいつでも便利に移動できる輸送サービスを維持・構築するためには、現状把握に基づく交通政策の再検証と強いリーダーシップが求められる。
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